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東京地方裁判所 平成3年(ワ)3864号 判決

原告(反訴被告) 吉村株式会社

右代表者代表取締役 杉田雛子

右訴訟代理人弁護士 吉村徹穂

被告(反訴原告) 株式会社 赤ちゃん本舗

右代表者代表取締役 小原正司

右訴訟代理人弁護士 岸本亮二郎

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金七六万二〇六〇円及びこれに対する平成三年四月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は被告(反訴原告)の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)に対し、金四六二九万二六三九円及びこれに対する平成二年四月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 主文二項同旨

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 当事者

原告は、服地の販売を主たる業とする会社であり、被告は、各種商品販売を業とする会社である。

2 賃貸借契約の成立

原告は、被告に対し、昭和六〇年一二月五日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定で賃貸した。

(一) 期間 昭和六〇年一二月五日から昭和六三年六月四日まで

(二) 保証金 四〇〇万円

(三) 賃料 一か月二〇〇万円

(四) 特約 賃貸借契約が終了したときは、被告の加えた造作、間仕切、模様替その他の施設及び自然破損と認めることのできない破損箇所はすべて被告の負担で原状に回復する。

3 別件訴訟の経過と被告による本件建物の明渡

原告は、被告が右賃貸借期間満了後任意に本件建物を明渡さないため、昭和六三年四月三〇日、東京地方裁判所に、被告を相手方として、本件建物の明渡等を求めて訴え(同裁判所昭和六三年(ワ)第五五六八号建物明渡請求事件、以下「別件訴訟」という。)を提起したが、右別件訴訟の経過と被告による本件建物の明渡に至る経緯は次のとおりである。

(一) 一審の東京地方裁判所は、平成元年三月二日、口頭弁論を終結し、同月三〇日、本件賃貸借契約が一時使用を目的とするものであるとの原告の主張を認め、原告の本件建物の明渡請求については、これを認容する仮執行宣言付勝訴判決を言渡した。

(二) 被告は、右判決に対して控訴を提起し、平成元年四月一一日、二〇〇〇万円の担保を供して強制執行停止決定を得た。

(三) 控訴審の東京高等裁判所は、同年九月二七日、被告の控訴を棄却する旨の二五〇〇万円の担保を条件とする仮執行免脱宣言付の原告勝訴の判決を言渡した(同裁判所平成元年(ネ)第一一一六号建物明渡請求控訴事件)。

(四) 被告は、右判決に対して上告するとともに、前記担保を供して同判決による仮執行を免れた。

(五) 最高裁判所は、平成二年三月二〇日、被告の上告を棄却する旨の判決を言渡した。

(六) 被告は、平成二年四月一〇日に本件建物を任意に明渡した。

4 原状回復費用等の損害賠償請求

(一) 被告の責任と原告の損害

被告の本件賃貸借契約に従った履行をしない違法な行為の結果、原告は、次のとおり損害を蒙った。

(1) 被告の原状回復義務の不履行による損害 一六五四万六三三九円

被告の明渡時点において、本件建物は、賃貸時に比較して、破損・汚損が著しく、破損は、床や壁のみに止まらず、屋上・天井・エレベーター・便所・台所等の随所に及び、中には故意に破損がなされたと見えるところすらあった。

その結果、原告は、本件建物の原状回復費用として、次のとおり各工事業者に工事代金合計一六三九万六三三九円を支払った。また、本件建物の入口にはかねて日よけが設置してあったが、これが何者かによって盗まれ、被告からは返還されておらず、その復旧費用としては一五万円を要する。これらの総計は一六五四万六三三九円となり、これが被告の原状回復義務の不履行により原告が蒙った損害である。

ア 杉山工務店 一五四〇万円

イ 菱電サービス 二八万八四〇〇円

ウ 信越工業株式会社 一四万九三五〇円

エ 有限会社大和田電気 三七万三二〇九円

オ 大倉冷気株式会社 九万四七四〇円

カ 日本管理株式会社 九万〇六四〇円

(2) 賃料相当損害金の上乗せ分 八四万六三〇〇円

総務庁統計局編集の物価統計月報平成二年一月分によれば、別件訴訟の第一審口頭弁論終結時と被告による本件建物明渡時を比較すると、この間一三か月間で消費者物価指数は一〇〇対一〇三・一の割合で上昇している。

したがって、右一審判決の認容した賃料相当損害金月額二一〇万円に加え、合計八四万六三〇〇円の賃料相当損害金の上乗せが認められるべきである。

(3) 原告の営業挫折による損害 六九〇万円

本件賃貸借契約の賃貸借期限である昭和六三年六月から被告による本件建物の明渡時までの二三か月間に、原告は、他に本件建物を賃貸することができず、そのため毎月三〇万円相当の損害を蒙り、その累計は六九〇万円となる。

このことは、右明渡後原告が第三者に被告に賃貸していた当時の倍近い賃料で本件建物を賃貸していることからも明らかである。

(二) 別件訴訟と本訴請求との関係

原告は、別件訴訟において、被告に対し、本件建物の原状回復費用として三八〇万円の請求をし、一審判決では、「本件建物から被告が退去した後の壁の塗り替え、天井及び床の張り替え等原状回復のための費用として三八四万円を要することが認められる。」としながら、結局は、「しかし、右費用の支出が本件建物の通常の使用による汚損あるいは自然破壊のために必要となったものか、あるいは本件賃貸借契約の約定に従って被告においてこれを負担すべき費用なのかは、いまだ本件全証拠によるも明らかではない。」として、これが認容されずに、原告もこの点について控訴しなかったため、そのまま確定している。

しかし、別件訴訟の口頭弁論終結時においては、原告は、概算で右請求をしたものであり、また、別件訴訟の口頭弁論終結後に発生した原状回復費用の損害賠償請求は、別件訴訟の一審判決のこの点に関する既判力によって遮断されないことは明らかである。

5 弁護士費用の損害賠償請求

(一) 被告の責任と原告の損害額

原告は、被告が本件建物の任意の明渡に応じないため、別件訴訟の提起を原告訴訟代理人に委任し、報酬として金二二〇〇万円の支払を約した。右報酬の支払は、本件賃貸借契約に従った履行をしない被告の違法な行為により原告が蒙った損害であるから、被告にはこれを賠償すべき責任がある。

(二) 別件訴訟と本訴請求との関係

原告は、別件訴訟において、被告に対し、弁護士報酬として五〇〇万円の請求をし、一審判決では、「本件賃貸借契約が一時使用を目的とする賃貸借であることは必ずしも明白な事柄であるとはいえず、被告が本件建物の任意の明渡しに応じず本件訴訟に応訴したことが原告に対し違法な行為を構成するとまではいえないから、本件事案のような場合にまで原告が被告に対し弁護士報酬を請求できるとすることはできない。」として、これが認容されずに、原告もこの点について控訴しなかったため、そのまま確定している。

しかし、別件訴訟の口頭弁論終結後に発生した弁護士報酬の請求は、別件訴訟の一審判決のこの点に関する既判力によって遮断されないことは明らかであり、被告は、不当に別件訴訟の引延ばしをはかった結果、原告に右報酬額相当の損害が発生したのであるから、被告はこれを賠償すべき責任がある。

6 結論

よって、原告は、被告に対し、被告の原状回復義務の不履行による損害一六五四万六三三九円、賃料相当損害金の上乗せ分八四万六三〇〇円、原告の営業挫折による損害六九〇万円、弁護士報酬二二〇〇万円の合計四六二九万二六三九円及びこれに対する本訴訴状送達の日の翌日である平成二年四月二八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1  請求原因1の事実のうち、被告の業務内容については認めるが、原告の業務内容は知らない。

2  請求原因2の事実のうち、本件賃貸借契約が一時使用の目的であったことは否認し、その余の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4・5の事実はいずれも否認する。

(主張)

原告も自認するとおり、別件訴訟では本訴請求と同一の事実関係を前提に、原告は、被告に対し、本件建物の原状回復費用の請求、弁護士報酬の請求、本件賃貸借契約終了後明渡ずみまでの賃料相当損害金の請求をしており、原告の本訴請求のうち、被告の原状回復義務の不履行による損害賠償請求、弁護士報酬の請求、賃料相当損害金の上乗せ分の請求はいずれも別件訴訟の一、二審判決の既判力に抵触し許されない。

本訴請求は、原告が、被告による別件訴訟の前記各執行停止決定の保証金の取戻しを妨害せんとして提起されたもので、正に不当抗争というべきである。

(反訴)

一  請求原因

1 被告は、昭和六〇年一二月五日、原告との間に、本件建物について、賃貸借契約を締結し、その際、原告に対し、本件建物明渡時に全額返戻の約定で、保証金として四〇〇万円を預託した。

2 被告は、平成二年四月一〇日、原告に対し、本件建物を明渡した。

3 必要額を控除して、原告が被告に返戻すべき保証金残額は七六万二〇六〇円となる。

4 よって、被告は、原告に対し、右保証金残額七六万二〇六〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年四月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴に対する判断

一  まず、本訴各請求の前訴別件訴訟の確定判決の既判力との関係での適否について判断する。

1  原状回復費用の請求及び弁護士報酬の請求について

前訴別件訴訟の経過(請求原因3)については当事者間に争いがなく、原告が前訴別件訴訟において、被告に対し、本件建物の原状回復費用として三八〇万円の請求をし、一審判決では、「本件建物から被告が退去した後の壁の塗り替え、天井及び床の張り替え等原状回復のための費用として三八四万円を要することが認められる。」としながら、結局は、「しかし、右費用の支出が本件建物の通常の使用による汚損あるいは自然破壊のために必要となったものか、あるいは本件賃貸借契約の約定に従って被告においてこれを負担すべき費用なのかは、いまだ本件全証拠によるも明らかではない。」として、これが認容されずに、原告もこの点について控訴しなかったため、そのまま確定していること、原告が、前訴別件訴訟において、被告に対し、弁護士報酬として五〇〇万円の請求をし、一審判決では、「本件賃貸借契約が一時使用を目的とする賃貸借であることは必ずしも明白な事柄であるとはいえず、被告が本件建物の任意の明渡しに応じず本件訴訟に応訴したことが原告に対し違法な行為を構成するとまではいえないから、本件事案のような場合にまで原告が被告に対し弁護士報酬を請求できるとすることはできない。」として、これが認容されずに、原告もこの点について控訴しなかったため、そのまま確定していることは、いずれも原告も自認するところである。

原告は、本訴において、原状回復費用の請求について、前訴別件訴訟一審判決の口頭弁論終結時においては、原告は、概算で右請求をしたものであり、また、前訴別件訴訟一審判決の口頭弁論終結後に発生した原状回復費用の損害賠償請求は、前訴別件訴訟一審判決のこの点に関する既判力によって遮断されないことは明らかである旨、また、弁護士報酬の請求について、前訴別件訴訟一審判決の口頭弁論終結後に発生した弁護士報酬の請求は、前訴別件訴訟一審判決のこの点に関する既判力によって遮断されないことは明らかであり、被告は、不当に前訴別件訴訟の引延ばしをはかった結果、原告に右報酬額相当の損害が発生したのであるから、被告はこれを賠償すべき責任がある旨それぞれ主張して被告に対しその各支払を求めている。

しかして、原告の右各主張は、いずれも趣旨なお判然としない部分を残すけれども、弁論の全趣旨によれば、原告はその主張にかかる各金員を、前訴別件訴訟で予見しえなかった被告の債務不履行行為ないし不法行為による後発の特別事情の損害であり、前訴別件訴訟とはその訴訟物が異なるものとして、その賠償を求めているものと解されないではない。

しかしながら、債務不履行による損害賠償請求といい不法行為による損害賠償請求といい、いずれもその訴訟物の個数は、債務不履行行為ないし不法行為の個数によって決せられるものである。すなわち、一個の違法な債務不履行行為ないし不法行為に基づく損害の発生があった場合、それらと牽連一体をなす損害の全部について、一個の損害賠償請求権が認められるにすぎない。換言すれば、一個の債務不履行行為ないし不法行為と相当因果関係のある損害として捉えられるものである限り、「通常の損害」であると「特別事情の損害」であるとを問わず、全部につき一個の損害賠償請求権が発生するにとどまる。「通常の損害」と「特別事情の損害」とは、損害賠償の範囲を確定するための概念であり、いわば損害の属性を明らかにする観念にすぎず、これをもって実体法上の請求権を異にする損害と解することは困難というべきである(「特別事情の損害」を求める場合には、債権者ないし被害者が、個別具体的事例に応じて、債務者ないし不法行為者がその事情を予見し、または予見することができたこと、債務不履行行為ないし不法行為と損害との相当因果関係を積極的に主張立証しなければならないのであるが、原告は、本訴において、これらの点について何ら見るべき主張立証をしない。)。

これを本件についてみるに、前訴別件訴訟と後訴の本訴とは、いずれも被告の本件建物の原状回復義務の不履行ないし前訴別件訴訟での不当抗争の存否を争うものであり、これらはいずれも継続的な要素を含むものではあるけれども、同じ態様の債務不履行行為ないし不法行為が間断なく継続されている場合は、社会通念上、原則としてこれら一個の債務不履行行為ないし不法行為があり、したがって請求権も一個と解するのが相当であるから、前訴別件訴訟と後訴の本訴はその訴訟物が同一であると認められる。

また、観点をかえて、原告の本訴請求を、「一部請求」における残額請求であると善解してみても、原告が前訴別件訴訟において「一個の債権について数量的な一部についてのみ判決を求める」旨を明示して訴えを提起した形跡は全く窺えないから、原告の本訴請求が全額請求が可能であった同一訴訟物についての一部請求につき確定判決を経た後の残額請求をする場合には該らないことは明らかである。

更に、原告の本訴請求を、確定判決の「基準時」後に生じた事実を主張するものと善解してみても、原告の主張自体からしても、右請求が、前訴別件訴訟の請求時には通常予測しえなかった損害が、前訴別件訴訟の口頭弁論終結後に生じた、いわば新たに発生した損害の賠償を求めるものとは到底解することができない。

判決は、事実審の口頭弁論終結時までに陳述された事実に基づく主張を基礎としてなされるから、既判力もこの時点における権利関係の存否の判断について生じるのであり、この基準時における既判力ある判断に抵触する判断をすることは禁止される。このことは、前訴の基準時までに存在した事実に基づく攻撃防御方法を提出して、前訴の判断を争うことは、これを提出しなかったことについて相当の理由があるか否か、過失があるか否かといった個別事案における具体的事情を問わずに許されない(原告は、約二年間にわたって、原被告間において同一の争点をめぐって前訴で争われたのち、その終了直後の平成二年四月一九日に本訴を提起したものであり《この点は本件記録上明らかである。》、前訴別件訴訟において後訴の本訴におけるのと同一の主張をすることに格別の支障もなかったものと認められ、現に原告自身前訴別件訴訟の控訴審において、結局不陳述のまま終わったのであるが、「一審で請求棄却となった原状回復費用の請求及び弁護士費用の請求の部分については付帯控訴をしない。」旨記載した平成元年六月五日付準備書面を提出しているのである《前訴別件訴訟記録》。)

したがって、いずれにしても、原告の本訴請求中原状回復費用の請求及び弁護士報酬の請求は、前訴別件訴訟の確定判決の既判力に抵触し許されない。

2  賃料相当損害金の上乗せ分の請求及び原告の営業挫折による損害賠償請求について

原告は、総務庁統計局編集の物価統計月報平成二年一月分によれば、前訴別件訴訟の第一審口頭弁論終結時と被告による本件建物明渡時を比較すると、この間一三か月間で消費者物価指数は一〇〇対一〇三・一の割合で上昇している、したがって、右一審判決の認容した賃料相当損害金月額二一〇万円に加え、合計八四万六三〇〇円の賃料相当損害金の上乗せが認められるべきである旨、また、本件賃貸借契約の賃貸借期限である昭和六三年六月から被告による本件建物の明渡時までの二三か月間に、原告は、他に本件建物を賃貸することができず、そのため毎月三〇万円相当の損害を蒙り、その累計は六九〇万円となる旨それぞれ主張する。

これらの原告の主張も、法律構成の点で趣旨を捉えがたい部分を含むけれども、結局は、被告に対し本件建物の不法占有による損害金の支払を求める趣旨であると善解することができ、《証拠省略》によれば、前訴別件訴訟一審判決は、被告に対し、「昭和六三年六月五日から本件建物の明渡ずみまで一か月金二一〇万円の賃料相当損害金の支払」を命じていることが認められ、これが平成二年三月二〇日言渡の上告審判決によって確定したこと、被告が同年四月一〇日本件建物を任意に原告に明渡したことはいずれも前示のとおりである。

ところで、既判力の本質に関しては、周知のとおり諸説の存するところではあるが、確定判決により形成された法的安定性と紛争解決の一回性の要請が内在していることは否定しえないところである。同一事件であるのに何度も訴訟が繰返されるのは妥当でなく、基本的には一回の訴えで解決可能な紛争については、一回的解決が図られるべきであり、したがって、原告としても、判決時点でのあらゆる要因について可能な限りの予測をしたうえで、全損害を算定して訴訟を提起すべきこととなる。

このような見地に立って考えると、原告の賃料相当損害金の上乗せ分の請求及び原告の営業挫折による損害賠償請求なるもののうち、前訴別件訴訟の控訴審口頭弁論終結時(平成元年六月五日、前訴別件訴訟記録)までの分は、被告の本件建物の不法占有による損害金請求という意味において、訴訟物を同一にし、原告が前訴別件訴訟においてこれを主張するにつき何らの支障はなかったものと認められるから、前訴別件訴訟の確定判決の既判力に抵触し許されないことは明らかである。

また、前叙のような予見的な認定をしたにもかかわらず、前訴の請求時には、通常予測しえない損害が発生し、しかも、その損害発生の根拠たる事実も前訴の請求時には予測しえなかった場合に限って、後訴請求は前訴の既判力に妨げられず、建物の明渡請求訴訟は、通常は、判決確定後相当期間内に、明渡義務の履行が強制執行などにより実現されることを予定しているのであり、それが相手方の不当な抗争により著しく遅延し、しかもこの間に経済状態の変化等により確定判決の認容した損害額が不当に低廉になったというような特別の事情のある場合には、増大した損害の追加賠償を認める余地もないではない。

しかしながら、本件において、原告は、これら特別の事情について、何ら見るべき主張立証をしないのであり、むしろ、被告は、前訴別件訴訟上告審判決後極めて短期間のうちに任意に本件建物を原告に明渡しているのであるから、右に述べたような意味での特別の事情による損害は発生する余地がないと考えられるのである。

してみると、原告の賃料相当損害金の上乗せ分の請求及び原告の営業挫折による損害賠償請求なるもののうち、前訴別件訴訟の控訴審口頭弁論終結後の分についても、前訴別件訴訟の確定判決の既判力に抵触して許されないものというべきである。

二  まとめ

以上のとおり、原告の本訴各請求はいずれも前訴別件訴訟の確定判決の既判力に抵触し許されないものというべきである。

第二反訴に対する判断

請求原因事実は当事者間に争いがない。

右の事実によれば、被告の反訴請求は理由がある。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴各請求はいずれも前訴別件訴訟の確定判決の既判力に抵触し許されないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

〈以下省略〉

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